asatoの技術的な日常日記

「成長に最大の責任をもつ者は、本人であって組織ではない。自らと組織を成長させるためには何に集中すべきかを、自らに問わなければならない」  非営利組織の経営 - ピーター・ドラッカー

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

リーダーシップ

 セルゲームに学ぶ「再チャレンジ支援税制」
 http://blog.livedoor.jp/insidears/archives/50972634.html

特に、「第5弾 戸愚呂面接官に学ぶ中途採用基準」が、色んな意味で笑えない。心臓が冷たく凍えるぐらいだぜ。ただでさえ、面接とかクソくらえなのに、博士進学で就職がやばい僕にとっては。


この中で戸愚呂面接官が言ってるせりふがある。

 「リーダーシップを発揮した体験をお聞かせください」

リーダーシップとは何か?

ドラッカーの「プロフェッショナルの条件:4章 仕事としてのリーダーシップ」に載ってるリーダーシップ論を紐解いてみよう。

まず、カリスマ性とかは必要ないらしい。カリスマ性を持っているかどうかは、リーダー的資質とは関係ないらしい。

そもそもリーダーシップそれ自体が、よいものでも、望ましいものでもない。それは手段である。何のためのリーダーシップかが問題である

とある。

ドラッカーは、カリスマ的なリーダーとして、スターリンヒトラー毛沢東 の三人を例に挙げている。ドラッカーの言葉で言えば彼らは「市場かつてない悪行と苦痛を人類にもたらした似非リーダー」である。

また、リーダーシップはカリスマ性に依存しないとして、そのようなカリスマ性をもっていないが、強力なリーダーだったものとして、ドワイト・アイゼンハワージョージ・マーシャルハリー・トルーマン の三名を挙げている。

では、逆に、リーダー的資質、リーダー的特性というものは存在するのか? ドラッカーによればノーらしい。6人ほどの傑出したリーダーを例としてあげ、彼らのうちの誰も、資質や特性が同じ者はいなかったとしている。


では、カリスマ性でも資質でもないとすると、リーダーとは何か。ドラッカーはリーダーであることのいくつかの要件をあげている。

第一の要件:リーダーシップを仕事としてみることである。

 効果的なリーダーシップの基礎とは、組織の使命を考え抜き、それを目に見える形で明確に定義し、確立することである。リーダーとは、目標を定め、優先順位を決め、基準を定め、それを維持するものである。もちろん妥協することもある。



 リーダーは、妥協を受け入れる前に、何が正しく、望ましいかを考え抜く。リーダーの仕事は、明快な音を出すトランペットになることである。


第二の要件:リーダーシップを、地位や特権ではなく責任と見ることである。

優れたリーダーは、常に厳しい。ことがうまくいかないとき、そして何ごともだいたいにおいてうまくいかないものだが、その失敗を人のせいにしない。


真のリーダーは、人間のエネルギーとビジョンを創造することこそが、自らの役割であること知っている。

第三の要件:信頼が得られることである。

信頼が得られないかぎり、従う者はいない。そもそもリーダーに関する唯一の定義は、つき従うものがいるということである。



以上を基に、戸愚呂面接官にどう立ち向かえばいいのか。

僕は思うに、普通に、この要件を満足してる人 or リーダーの要件とは何か、について認識している人ってほとんどいないんじゃないの? ってことだぜ・・・

スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://asatohan.blog77.fc2.com/tb.php/27-4160795b
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。