asatoの技術的な日常日記

「成長に最大の責任をもつ者は、本人であって組織ではない。自らと組織を成長させるためには何に集中すべきかを、自らに問わなければならない」  非営利組織の経営 - ピーター・ドラッカー

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問題解決 or 意思決定

問題解決の実学」の「はじめに」の部分より(太線は僕による):
まず序章では、問題解決の考え方を理解します。人間の悪いところは、すぐにテクニックや方程式に走ることです。自分の頭を使わず、「型」に当てはめて物事を解決しようとします。そうではなく、問題決決の考え方とはどういうことかを知り、自分の頭を使うクセをつけることが大事です。

一方、ドラッカーの「経営者の条件」の「6章 意思決定とは何か:意思決定のプロセスはいかにあるべきか」によれば(太線は僕による):
 まず初めに、「これは一般的な問題か例外的な問題か」「何度も起こることか、個別に対処すべき特殊な問題か」を問わなければならない。
 一般的な問題は、常に方針や手続きを通じて解決しなければならない。これに対して、真に例外的な問題は、個別の問題として、個別の状況に従って解決しなければならない。厳密にいえば、あらゆる問題が、二つではなく四つの種類に分類できる。

とある。

四つの種類とは、
-個々の問題それの単なる兆候にすぎないところの、真に一般的な問題

-その組織にとっては特殊な問題でありながら、実際には一般的な問題であるという問題

-真に例外的な問題、特殊な問題

-そのような何か新しい一般的な問題の最初の現れとしての問題。ここで「そのような」とは、実際には真に特殊な問題というのは少ないため、それらしきものにであったとしても、「真に例外的なことか、それとも、まだわからない何か新しいことの最初の現れか」を問わなければならないため、ということから。

さらにドラッカーによれば:

 したがって、真に特殊な一部の問題(第3の問題)を除き、あらゆる問題が、一般的な解決策を必要とする。すなわち、原則、方針、政索による解決を必要とする。一度正しい方針を得るならば、同じ一般的な状況から発する問題は、すべて事務的に処理できる。すなわち、問題の具体的な状況に応じて原則を適用することで処理できる


さらにさらにドラッカーによれば

 成果をあげるエグゼクティブは、原則や方針によって一般的な状況を解決していく。そのため彼は、ほとんどの問題を単なるケースの一つとして、すなわち単なる原則の適用の問題として解決していくことができる
 「法律の多い国は無能な法律家の国である」という古い諺がある。そのような国は、あらゆる問題を法の一般原則のもとにおける個々の問題としてではなく、すべて特殊な問題として解決しようとする。



問題解決の実学」の 序章をまだ読んでない ので、この本における問題が、ドラッカーのいうところの4つの問題のどれのことを言っているのかわからないけど、もし、3つ目の以外の問題も含めて議論しようとしているなら、ドラッカーの議論とはかみ合わないと思う。

問題解決の実学」では、「テクニック」や「方程式」という問題解決の道具について述べていると思うけど、ドラッカーは「原則」「方針」「手続き」「政索」といった観点から、問題解決を述べている。

この点は、単なる言葉の言い換えだとすると、議論として残るのはこの部分:
自分の頭を使わず、「型」に当てはめて物事を解決しようとします。

特に前半部分じゃないかと思う。自分の頭を使って問題が何かを理解して、その後「型」に当てはめて物事を解決しようとするのは、一般的な方法であるはず。そうでないと、「法律の多い国は無能な法律家の国である」の諺になってしまう。


ただ、途中で述べたように、僕は「問題解決の実学」の 序章をまだ読んでない ということに注意。
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